この記事の要点
「できること・求められること・やりたいこと」の重なりで事業を決める考え方そのものは正しい方向です。ただしテンプレートとして埋めにいくと、すでに知っている選択肢の中でバイアスがかかり、思考が浅いまま事業内容が決まってしまいます。大事なのは、3つを埋めたあとに「なぜそれなのか」を人生の棚卸しレベルまで深掘りすること。1時間で終わるワークだけで起業内容を決めるのは危険です。
起業や独立を考えはじめると、必ずと言っていいほど出会う考え方があります。「自分にできること」「人に求められること・喜ばれること」「自分がやりたいこと」——この3つの重なりを見つけて事業内容を決める、という定番のフレームワークです。ワークシートやセミナーで3つの円を描かされた経験がある方も多いと思います。私自身、まさにこの考え方でウェブ制作を選び、独立しました。結論から言えば、この枠組み自体は間違っていません。けれど、これだけで事業内容を決めたことが、後になって遠回りを生みました。この記事では、その体験をもとに、フレームワークのどこに落とし穴があり、どう深掘りすればいいのかをお伝えします。
「できる・求められる・やりたい」の重なりで事業を決めていいのか?
方向としては正しく、出発点としては使えます。ただし、それだけで起業内容を決め切るのは危険だというのが私の考えです。「できることと求められていることでやりたいこと、この重なりを見つけてね、ビジネス内容を決めていくのは正しいとは思うんですけれども」——ここは私も否定しません。事業は、自分が提供できて、相手が必要としていて、自分が続けたいと思えるところでしか成立しないからです。
問題は使い方にあります。3つの円を埋めるという作業に落とし込んだ瞬間、それは「テンプレート」になります。テンプレートで決めようとするときには、どうしてもバイアスがかかります。すでに自分が知っている選択肢、すでに世の中で商売として成立していると知っている仕事、その範囲の中から埋めにいってしまうからです。つまり、答えを探しているつもりで、先入観の中から選び直しているだけになりやすい。フレームワークは思考を整理する道具であって、思考そのものの代わりにはなりません。
なぜこのフレームワークだと思考が浅くなりやすいのか?
浅くなる理由は、3つの円が「What(何をやるか)」だけを問うていて、「Why(なぜそれなのか)」を問わないからです。私は率直に、これは思考が浅くなりやすいフレームワークなのではないかと考えています。埋めた瞬間に答えが出たような気になり、そこで考えるのをやめてしまうのです。
具体的に、埋まった3つの円がどんな状態になりがちかを整理します。
| 問い | 浅いまま止まりやすい答え | 本来もう一段掘るべきこと |
|---|---|---|
| できること | 前職の職種・スキル名(例:ウェブ制作ができる) | その仕事の中で、自分は具体的に何をしているときに成果が出ていたのか |
| 求められること | 市場にニーズがありそうだという印象(例:ウェブ制作は求められている) | 誰が、どんな場面で、いくら払ってでも解決したいと思っているのか |
| やりたいこと | 面白い・好きだという感覚(例:ウェブ制作は面白い) | その仕事の何が面白いのか。面白さの正体は手段か、それとも別のものか |
右の列を掘らないまま左の列だけで決めると、「前職の延長線上でできそうな仕事」に落ち着きます。それが悪いわけではありませんが、そこには自分の本質的な動機が入っていないことがあります。私はそれで遠回りをしました。
代表・原本の体験:フレームワーク通りに独立して何が起きたか?
私自身が、このフレームワークをそのまま使って独立した当事者です。ノルツ株式会社を立ち上げるとき、私の頭の中はこうでした。ウェブ制作ができる(できること)。ウェブ制作は求められている(求められること)。ウェブ制作は面白いからやりたい(やりたいこと)。この3つがきれいに重なったので、ウェブ制作で独立しました。当時の感覚をそのまま言えば、「っていう感じで独立しちゃったんですよ」というのが正直なところです。
3つの円は確かに重なっていました。仕事も受注できました。それでも、しばらく経ってから違和感が残りました。うまく言えないのですが、自分が本当に価値を出している瞬間と、看板に掲げているサービス名がずれている感覚です。この違和感の正体にたどり着くには、3つの円を埋める作業ではなく、自分の人生を振り返る作業が必要でした。フレームワークは、私に「何をやるか」の答えは与えてくれましたが、「なぜそれをやるのか」の答えは与えてくれなかったのです。
1時間で終わるテンプレートで起業内容を決めるのは、なぜ危険なのか?
事業内容という最も重い意思決定を、検証なしに短時間で確定させてしまうからです。本当に1時間程度でささっと終わってしまうようなテンプレートで起業内容を決めていくのは、私は非常に危険なことだと考えています。
比較するとわかりやすいと思います。企業で事業開発をする人たちは、サービス内容を決めた後に、マーケットリサーチをして、対象になりそうな人にインタビューをして、テストマーケティングをして、そこでようやく「これは売れそうだ」と判断します。一方、個人の起業では、ワークシートを1時間埋めた結果がそのまま事業内容になり、翌週には名刺とホームページを作りはじめる、ということが起こります。
| 企業の事業開発 | テンプレートだけで決める起業 | |
|---|---|---|
| 決めるまで | 仮のサービス内容を置く | 3つの円の重なりで確定させる |
| 決めた後 | マーケットリサーチ・インタビュー・テストマーケティングで検証する | 検証を挟まず、そのまま提供を始めることがある |
| 判断の根拠 | 実際の反応・購入意向 | 自分の中の「重なっている」という納得感 |
フレームワークの枠を埋めれば大丈夫、というものではありません。埋めた後に「本当にそれが売れるのか」を深いところまで検討する工程が要ります。ここを飛ばすと、売れない前提のまま数ヶ月が過ぎることになります。
浅い答えを深めるには、具体的に何をすればいいのか?
やることは2つです。「なぜ」をどこまでも深掘りすること、そして自分の人生を棚卸しすることです。フレームワークは思考の方法の一つとして使う分にはよいので、捨てる必要はありません。埋めた後に、次の手順を足してください。
- 3つの円を、いったん普通に埋める。ここは出発点なので、思いついたままで構いません。
- それぞれに「なぜ」を何度も重ねる。なぜそれができるのか、なぜそれが求められていると思うのか、なぜそれをやりたいのか。ゴールデンサークルで言うWhyの層まで下ろしていきます。
- 自分の人生に、どんな出来事があったのかを棚卸しする。学生時代から現在まで、感情が大きく動いた場面を書き出します。うれしかったこと、悔しかったこと、腹が立ったこと。
- 「自分は何で起業したのか」をとことんまで考える。ここは時間をかけていい部分です。1時間では終わりません。
- 掘り出した動機と、最初に埋めた3つの円を突き合わせる。ずれていたら、事業内容ではなく「提供の形」を組み替えます。
この工程を踏むと、最初に書いた「できること」が、実は目的ではなく手段だったと気づくことがあります。私の場合がまさにそれでした。
深掘りの入口になる問い
「その仕事をしているとき、どの瞬間がいちばん楽しいですか」——この質問に、作業名ではなく場面で答えてみてください。「デザインを作っているとき」ではなく「相手が話しながら自分の考えを整理していくのを見ているとき」のように場面で答えられたら、そこにあなたの本質が出ています。事業の看板は、その場面を最も届けやすい形にすればいい、という順番になります。
深掘りすると、答えはどう変わるのか?
看板に掲げるサービス名が変わることがあります。私は自分の本質的な部分を振り返った結果、こう気づきました。私はウェブ制作を提供したいのではなく、起業した人たちの話を聞いて、その話を分析して、一緒に答えを出していく——そういうところにサービスをしていきたかったのだ、と。
振り返ってみると、私が実際にやっていたのはヒアリングでした。相手の事業の背景を聞き、何を伝えたいのかを一緒に整理し、その結果をウェブサイトという形にして納品していた。ウェブサイトは成果物であって、私が価値を出していたのは、その手前の対話と分析の部分だったのです。この気づきは、3つの円を埋める作業からは絶対に出てきませんでした。人生の棚卸しと「なぜ」の深掘りをして、はじめて言葉になりました。
ここで大事なのは、ウェブ制作という選択が間違いだったという話ではない、ということです。3つの円の重なりとして正しかったからこそ、仕事として成立していました。ただ、本質を言語化できていれば、もっと早く提供の形を整えられたはずだ、というのが私の実感です。
深く考え続けていたら、いつまでも起業できないのでは?
その懸念はもっともで、実際そのとおりです。だからこそ「考える」と「動く」を同時に回す必要があります。深掘りが大事だと言っても、納得できる答えが出るまで動かないと決めてしまうと、いつまで経っても起業できません。考え続けているうちに時間だけが過ぎるのは、テンプレートで即決するのと同じくらい避けたい状態です。
私が実践しているのは、最初の仮説だけはしっかり考え、その後は走りながら仮説と検証を繰り返す、というやり方です。一番最初の仮説——つまり「自分は何のためにこの事業をやるのか」という部分は、時間をかけて深く考えたほうがいい。けれどその後は、考えながら走り、仮説を立てては検証し、違えばまた仮説を立てる。この繰り返しで前に進みます。
言い換えると、深掘りすべきなのは「Why(なぜやるのか)」であり、走りながら修正していいのが「How(どう提供するか)」です。Whyが定まっていれば、提供の形は市場の反応を見ながらいくらでも組み替えられます。逆にWhyが浅いまま形だけ決めると、うまくいかなかったときに何を直せばいいのかがわからなくなります。
事業内容の深掘り、一緒にやります
ノルツの起業支援では、「できる・求められる・やりたい」を埋めた先の——なぜ自分はそれをやるのか、本当に価値を出しているのはどの瞬間なのか——を、対話しながら一緒に言語化していきます。3つの円は埋まったのに納得感がない、という段階の方こそご相談ください。
まとめ:フレームワークは入口、答えは棚卸しの先にある
「できること・求められること・やりたいこと」の重なりで事業を決める考え方は、方向としては正しく、出発点としては有効です。危険なのは、それをテンプレートとして1時間で埋め、そこで思考を止めてしまうことです。テンプレートには先入観のバイアスがかかり、すでに知っている選択肢の中から答えを選び直すだけになります。
私自身、「ウェブ制作ができる・求められている・面白い」の3拍子で独立し、後になって、自分が本当にやりたかったのは起業した人の話を聞いて分析し一緒に答えを出すことだったと気づきました。3つの円を埋めた後に、「なぜ」を重ね、自分の人生の出来事を棚卸しする。そして最初の仮説だけはしっかり考え、あとは走りながら検証する。この順番が、遠回りを減らします。フレームワークは入口です。答えは、その先の深掘りの中にあります。
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