「こうあるべき」で考えた事業が、うまくいかない理由

論理的に正しい事業ほど、勝てないこともある

この記事は、ノルツ株式会社代表・原本が、新規事業を考えるなかで何度もハマった「事業の考え方の落とし穴」をもとに書いています。正しさや論理で事業を組み立てているのにうまくいかない、と悩む方へ、その正体と抜け道をお伝えします。

この記事の要点

「こうあるべき」という正しさから組み立てた事業がうまくいかないのは、「あるべき」と「お金が払われる」が別物だからです。一方、論理的に詰めた事業も、筋の通る勝ち筋はすでに大手が手をつけているため勝てません。抜け道は、自分の強みを掘り下げて言語化し、狂気に近いくらい一生懸命提供すること。一発で当てようとせず、考えて動いて修正を重ねるのが現実的な道です。

新規事業を考えるとき、私は何度も同じ落とし穴にハマってきました。「世の中にはこういう課題がある。だから、こうすればいい」。一見すると、まっとうな発想です。課題があって、解決策がある。論理も通っている。けれど、不思議なことに、こうやって「こうあるべき」で組み立てた事業は、おおよそうまくいかないのです。この記事では、私自身が痛い目を見ながら気づいた、「べき論」と「論理だけ」という二重の落とし穴と、そこから抜け出すための考え方を整理します。先に正直に言っておくと、絶対に成功できるビジネスを考えられます、という人がいたら、それは嘘だと私は思っています。

ホワイトボードの前で事業アイデアを練る日本人男性経営者

「こうするべき」で組み立てた事業は、なぜうまくいかないのか?

まず一つ目の落とし穴が、「べき論」です。世の中の課題を見つけて、「これはこう解決すべきだ」「こういうサービスがあるべきだ」と考える。正義感もあるし、課題解決の意欲もある。けれど、こうするべきなんだ、という正しさから組み立てたビジネスは、およそうまくいきません。これは私の実感です。

理由はシンプルで、「あるべき」と「お金が払われる」は別物だからです。世の中にとって正しいことと、誰かが実際にお金を出して買うことは、必ずしも一致しません。むしろ、正しいからこそ「誰かがやるべき」止まりで、自分がお金を払ってまで解決したいとは思われない、ということが起きます。べき論は、作り手を気持ちよくさせる一方で、肝心の「払う人」の存在を飛ばしてしまいやすいのです。

では論理的に詰めればうまくいくのか?—そこにも落とし穴がある

「べき論がダメなら、感情を排して論理的に詰めればいい」。そう考えたくなります。市場を分析し、数字で検証し、筋の通った勝ち筋を導く。ところが、ここにも二つ目の落とし穴があります。論理的に考えてたどり着くビジネスというのも、およそうまくいかないのです。

なぜか。論理的に「これはいける」と導けるビジネスは、たいてい、すでに他の人がやっているからです。しかも、その多くは大手や、力のあるところがすでに手をつけている。誰がどう考えても筋が通る勝ち筋は、自分が思いつく時点で、もっと資本も人材もある相手が先に走っている。だから、論理だけで導いた事業は、たどり着いたときにはもう「先客」がいて、後発の小さな自分が勝てない、ということになりがちです。

事業づくりの二重の落とし穴

・「こうあるべき」で組む → 正しくても、お金を払う人がいない
・「論理的に正しい」で組む → 筋が通る勝ち筋は、すでに大手がやっている

ビジネスにお金が払われるのは、どんなときか?—3つがそろったとき

では、どういうときにビジネスにお金が払われるのか。私の整理では、次の3つがそろったときです。第一に、実際にお金を払っている人がいること。第二に、理屈も通っていること。第三に、マーケット(市場)があること。この3つが重なって初めて、事業として成り立ちます。

注目してほしいのは、「論理が通っている」は3つのうちのひとつにすぎない、という点です。べき論は最初の「払う人がいる」を飛ばしがちですし、論理偏重は「すでに大手がいる市場」に飛び込みがちです。理屈だけでは足りない。実際に払う人がいて、しかも自分が後発でも入っていける余地がある——その条件を満たす場所を見つけることが難しいのです。

事業の構想を練る日本人起業家の手元と小さな店舗の模型

二重の落とし穴を抜けるには、どうすればいいのか?—自分の強みを掘り下げる

では、二重の落とし穴をどう抜けるのか。私がたどり着いた答えは、「自分の強み」まで掘り下げることです。べき論でも論理だけでもなく、自分が何を持っていて、何を提供したいのかをちゃんと掘り下げ、しっかり言語化する。そして、それを狂気に近いくらい一生懸命に提供していく。この方向に切り替えたとき、初めて一部のビジネスがうまくいき始めます。

なぜ「自分の強み」が抜け道になるのか。それは、強みが自分固有のものだからです。世の中の正しさや、誰でもたどり着く論理は、他の人も同じ結論に至ります。だから差がつかない。けれど、自分の経験・偏愛・しつこさから来る強みは、簡単には真似されません。大手が論理で導いた勝ち筋に、後発の小さな自分がそのまま突っ込んでも勝てない。けれど、自分の強みを狂気的なほど突き詰めた領域なら、大手が割に合わないと感じて入ってこない隙間が生まれます。

どのくらいの熱量で提供すればいいのか?—「狂気に近いくらい」が基準

「狂気に近いくらい」という言葉を使ったのには理由があります。普通の熱量で提供できる程度のことは、たいてい他の人にもできます。差がつくのは、傍から見ると「そこまでやるのか」と思われるくらい、一つのことに入れ込めるかどうか。自分でも理屈を超えて提供したくなるもの——そこにこそ、後発でも勝てる芽があります。

逆に言えば、自分がそこまで入れ込めない領域を、論理だけで「儲かりそうだから」と選ぶと、続きません。情熱が要るのは精神論ではなく、競争を勝ち抜くための現実的な条件です。だからこそ、まず自分の強みと「何を提供したいのか」を言語化する作業が、事業づくりの出発点になります。強みの掘り下げ方については一人起業のミッションの作り方もあわせて読むと、言語化の手がかりになります。

事業は一発で成功させられるのか?—考えて、動いて、修正する

最後に、これがいちばん大事かもしれません。ビジネスは、一発で確実に成功する方法はありません。絶対に成功できる事業を考えられる、という人がいたら嘘だと私は思っています。現実は、ひたすら考えて、考えて、動いて、動いて、何度も修正をして、それでやっと「いける」ところまで持っていくものです。

これは一見すると遠回りに思えますが、むしろ救いでもあります。最初から完璧な正解を出さなくていい、ということだからです。べき論で固めた完璧な計画も、論理で詰めた精緻な勝ち筋も、動かしてみれば必ずズレが出る。だったら、早めに小さく動いて、現実の反応を見て直していくほうが速い。「考える」と「動いて修正する」を往復しながら、自分の強みが効く場所を探り当てていく。それが、二重の落とし穴を抜けて事業を当てていく、いちばん現実的な道だと私は考えています。

事業はどこから考え始めればいいのか?—「正しさ」より「払う人」から

振り返ってみると、私が落とし穴にハマっていたときは、いつも「世の中にとって正しいかどうか」から考え始めていました。正しい事業、あるべきサービス——そう考えている間は気持ちがいいのですが、肝心の「それに実際にお金を払う人がいるのか」という問いが、後回しになっていたのです。正しさは作り手のモチベーションにはなりますが、それ自体が売上を生むわけではありません。

だから今は、順番を逆にするよう意識しています。まず「すでにお金を払っている人がいるか」を見て、そのうえで理屈が通るか、マーケットがあるかを確かめる。そして、その条件を満たす場所の中で、自分の強みがいちばん効くところを選ぶ。べき論から入ると払う人を飛ばし、論理から入ると大手のいる市場に飛び込む。どちらの落とし穴も、「正しさ」や「賢さ」を出発点にしているという点では同じです。出発点を「払う人」と「自分の強み」に置き換えるだけで、事業の当たる確率はずいぶん変わると、私は実感しています。

そして、その出発点が定まっても、一回で正解にたどり着くことはまずありません。考えて、動いて、現実の反応を見て修正する。この往復を、自分の強みが効く場所が見つかるまで続ける。遠回りに見えて、これがいちばん確実な道だと思っています。

付け加えるなら、「自分の強み」は最初から完成された形で見つかるものではありません。これも、動きながら修正していくなかで、少しずつ輪郭がはっきりしてきます。やってみて手応えのあったこと、人に思いがけず喜ばれたこと、自分が苦もなく続けられたこと——その積み重ねを振り返って、後から「これが自分の強みだったのか」と分かることのほうが多い。だから、強みの言語化と、動いて修正することは、別々の作業ではなく、ひとつの作業なのだと思っています。最初に完璧な自己分析を終わらせようとせず、動きながら掘り下げていけばいいのです。

「自分の強みが効く事業」を一緒に掘り下げます

べき論でも論理だけでもない、自分の強みを軸にした事業の作り方は、一人では言語化しにくいものです。ノルツの起業支援では、あなたの経験と強みを掘り下げ、「考えて・動いて・修正する」サイクルを伴走します。まずは気軽にご相談ください。

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