この記事の要点
仕事を安く(あるいは無料で)受けると、客の要望と欲求はむしろ増大します。私(原本)は経営者の会の「仲間内だから安くやってよ」に応え続け、他社事業のウェブ周りの手伝い、ほぼ無料の交流会主催、会の事務局タスクを抱え込み、新規獲得の営業時間を失いました。有料なら喜ぶべきニーズも、無料という条件下ではただのボランティアになります。ギバーであることは正しい。ただしギバーとボランティアは違います。
独立して数年が経ち、ある程度仕事が回り始めた頃に、私が踏んだ落とし穴の話です。技術的な失敗でも、価格計算のミスでもありません。「いい人でいた結果、事業の成長が止まった」という、たちの悪い失敗でした。この記事では、当時の私が何を引き受け、何が起きて、どこで間違えていたのかを、盛らずにそのまま書きます。人に与えることを大事にしたい方ほど、同じ穴に落ちやすいと思うからです。
「仲間内だから安くやってよ」と言われたら、どうすればいいのか?
結論から言えば、その場の空気に流されて引き受けないことです。私はウェブ制作を数年やった頃に経営者の会に入りましたが、そこには「仲間内だから安くやってよという空気感がありました」。誰かが悪意で値切ってくるのではなく、仲間だから当然という前提が場に共有されている。だから断りにくいのです。
そして私が実際にやっていたのは、安く受けるというより、それ以下でした。お金をもらわなかったに近い形で、他社事業のウェブ周りなどを手伝っていたのです。「まあまあ、じゃあ手伝うよ」という感覚で引き受ける。その一回一回は、たしかに小さな判断でした。
ここで効いていたのは、私自身の理屈です。当時の私は「無償で提供する分、他で稼げばいい」と考えていました。一見すると筋が通っています。ギブする分は別の場所で回収すればいい、と。ところが、この理屈には決定的な穴がありました。他で稼ぐための時間が、その無償の頼まれ事に食われていく、という点です。
安く受けると、実際に何が起きるのか?
客の要望と欲求が増大します。これが、仕事を安く受けすぎることの最大のデメリットです。値段を下げた分だけ仕事が軽くなるわけではなく、むしろ逆方向に動きます。当時の私の実感をそのまま書けば、「安く受けると何が起きるのかというと、お客様の要望、欲求が増大します」。「これもやって、あれもやって」がどんどん増えていくのです。
厄介なのは、この現象自体が悪いことではない、という点です。要望が増えるということは、相手が価値を感じてもっと欲しがっているということ。正規の対価をもらうビジネスであれば、それは嬉しいニーズです。追加の要望は追加の売上になり、深い関係の入り口にもなります。
問題は条件です。「無料という条件下においては、それはただのボランティアになってしまいます」。同じ「要望が増える」という現象が、有料なら事業の成長、無料ならリソースの流出になる。現象は同じで、条件が違うだけで結果が正反対になるのです。ここを混同したまま「喜ばれているからいいか」と続けると、気づかないうちに削られ続けます。
無償の頼まれ事は、具体的に何を奪うのか?
奪われるのは「新規獲得のための営業の時間」です。私の場合、無償・格安で抱えたものは大きく3つありました。当時の実態をそのまま挙げます。
当時、私が無償・格安で抱えていたもの(原本の実例)
1. 他社事業のウェブ周りの手伝い(お金をもらわないに近い形)
2. ほぼ全員が無料で参加できる料金体系の交流会の主催
3. 経営者の会の事務局的な役割として頼まれた大量のタスク
どれも、その場では良いことをしている感覚があります。実際、無料の交流会はつながりの面では良かったと今でも思っています。人が集まり、関係が生まれた。それ自体は否定しません。
ただ、これらは全部「時間」で支払っています。そして一人でやっている以上、時間の総量は増やせません。「リソースがなくなるということは、新規を獲得するための営業の時間がなくなるということになります」——これが当時起きていたことです。頼まれ事は目の前にあり、締切もあり、断りにくい。一方、新規獲得の営業には締切がなく、誰にも催促されません。だから、後回しになるほうが削られていきました。
参考までに、その時間で本来やるべきだったのは次のような活動でした。LPを作って広告を出す、SNSで発信して営業する、交流会や訪問でアポを取る、展示会に出展する。どれも、やらなくても今日は誰も困らない。だからこそ、無償の頼まれ事に真っ先に食われたのです。
安く受ける場合と、正規の対価で受ける場合は何が違うのか?
同じ「要望が増える」という現象が、条件によって正反対の結果になります。私の経験を整理すると、違いは次のとおりです。
| 比較する点 | 正規の対価で受ける | 無償・格安で受ける |
|---|---|---|
| 要望が増えたとき | 追加の売上になる(嬉しいニーズ) | ただのボランティアになる |
| 使った時間の回収 | 対価として回収できる | 回収できない |
| 関係性 | 取引としての合意がある | 「やってもらって当然」に傾きやすい |
| 新規獲得の営業時間 | 売上が営業活動の原資になる | 頼まれ事に食われて消える |
| 断るとき | 条件・見積もりとして説明できる | 人間関係の話になって断りにくい |
この表で一番効くのは最後の行だと私は思っています。対価をもらっていれば、断る理由を「条件」として説明できます。無償だと、断ることが「人としての態度」の話にすり替わる。だから抜けられなくなるのです。
リソースが尽きると、経営者は何をしてしまうのか?
「工数をかけずに新規が取れる方法」を探し始めます。これが、私が踏んだ落とし穴の一番深いところでした。頼まれ事で時間がなくなる。営業ができない。売上が伸びない。でも時間はない。だから、時間をかけずに客が取れる魔法のような手段を探しに行くわけです。
結論を言えば、そんな甘い話はありません。工数をかけずに新規が取れる方法を探す時間そのものが、また工数です。探すこと自体が、さらにリソースを削っていきます。
つまり、無償の頼まれ事で消耗した状態は、それ自体が損失であるだけでなく、探すこと自体にまた時間を使うという二重の消耗を生みます。時間がないほど、近道を探したくなる。私が向かっていたのは、まさにその方向でした。
ギバーとボランティアは、何が違うのか?
与えた先に事業の循環が生まれるかどうかが違います。まず前提として、私は今でもギバーであるべきだと考えています。人にどんどんギブしたほうがいい。これは撤回しません。実際、ほぼ無料にしていた交流会は、つながりの面では良かったと思っています。
ただし、当時の私の言葉を借りれば「ギバーとボランティアは違いますので、ボランティアになってしまわないようにだけ(中略)注意されるのがいい」ということです。両者の違いを、私なりに整理すると次のようになります。
- ギバー:与える範囲を自分で決めている。与えた結果として関係・信頼・機会が育ち、事業に返ってくる循環がある。
- ボランティア:与える範囲が相手の要望で決まる。要望が増えるほど時間が減り、返ってくる循環がない。
境目は「いい人かどうか」ではありません。範囲を決めているのが自分か、相手かです。私が失敗したのは、範囲を相手に握らせたまま「まあまあ、じゃあ手伝うよ」を積み重ねたからでした。いい人になりすぎて頼まれ事でリソースを失うと、事業の成長そのものが止まります。
ボランティア化しない線引きは、どう引けばいいのか?
与える前に、範囲と条件を自分で決めておくことです。私の失敗を踏まえると、確認する順番は次のようになります。断るための技術ではなく、与え続けるための技術だと考えてください。
- その時間で本来やるべきことを先に書き出す:LP・広告、SNS発信、アポ取り、展示会出展など、新規獲得の活動を具体名で持っておく。空欄のままだと、頼まれ事は「空いている時間」に見えてしまいます。
- 与える範囲を数量で決める:「ウェブ周りを手伝う」ではなく「この1ページの相談に1時間」のように、何をどこまでかを先に言う。範囲を言わないと、範囲は相手が決めます。
- 期限を必ず付ける:無償の関係に終わりを設けないと、終わらせるときに人間関係の問題になります。最初に期限を言うほうが、はるかに角が立ちません。
- 要望が増えたら条件の話に戻す:「これもやって」が来た時点が分岐点です。範囲外は有償として見積もる。ここで流されると、そこから先は全部ボランティアです。
- 事務局的な役割は総量で判断する:一つひとつは小さくても、束になると営業時間を丸ごと奪います。私が抱えたのはまさにこれでした。
この順番を守れば必ず守れる、とまでは言いません。ただ、少なくとも「気づいたら自分の事業の時間がゼロだった」という状態は避けられます。私が数年かけてようやく言語化できたのが、この線引きでした。
安請けは、独立後の関係づくりに役立つのか?
関係づくりには役立ちます。事業の成長には役立ちません。ここを分けて考えるのが、私の結論です。実際、ほぼ無料にしていた私の交流会は、つながりの面では良かった。それは事実として認めています。
ただし、つながりが増えることと、売上が立つことは別の話です。無償で作ったつながりを事業に変えるには、結局そこから先に営業の時間が要ります。その時間を無償の頼まれ事で失っていたら、つながりは増えたまま何にもなりません。私はまさにこの状態でした。
だから、与えることをやめる必要はまったくないと考えています。やめるべきは、範囲を相手に決めさせることです。与える相手を選び、与える範囲を自分で決め、その外側は正規の対価で受ける。この形なら、ギバーでいながらリソースは残ります。安く受けるかどうかを迷ったとき、確かめるべきはたった一つ。これは自分が決めた範囲か、相手の要望で広がった範囲か。後者なら、それはもう仕事ではなくボランティアです。
「断れないまま時間が消える」状態を一緒に整理します
頼まれ事を断れずに事業の時間がなくなるとき、原因が付き合う相手なのか、範囲の決め方なのか、値決めなのかを一人で切り分けるのは難しいものです。ノルツの起業支援では、代表・原本自身の失敗も含めた実体験をもとに、何を与え、どこから対価をもらうかの線引きを一緒に設計します。まずは気軽にご相談ください。
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